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歴史



ここでは、何故この技が出来たのか、誰が技名を付けたのか、などの情報を記載しています。
ゲームする際には関係はありませんので、興味ない方は見なくてOKだと思います。
又、技の出来た順番は、間違えている可能性が大きいです。あくまで覚えてる限りのことを載せているだけですので…。



事の発端

事の発端は、私がまだ小学生の頃でした。
この頃から仲の良かったM氏と話していたときの事です。
話の流れは詳しく覚えていませんが、『いっせーのーせ』の話題になりました
彼は、他校の友達から『ボンバー』という技と『セメント』と言う技を教わったらしく、それらを私に教えてくれました。
(技の詳しい効果は技の紹介を読んでください。)
早速それを使ってバトルをしてみた所、私は最初はあまり理解できなかったのですが、次第に慣れ、普通にバトルすることが出来るようになっていました。

技が増えだす

しかし、バトルをしていると、私は気づきました。
『2個上げてたら固まったりボンバーで決められるんなら上げなきゃ良いんじゃね?』
指を2つ同時上げはやめると、セメントも食らえば片方だけだし、ボンバーにいたっては決めることが出来ません。
ここで私は『下がっていても何かしら効果のあるボンバーやセメントのような技を作ろう』と提案し、出来たのが『バンボー』と『コンクリート』です。
『バンボー』は私が命名、『コンクリート』は…覚えてません。が私ではなかったはず。
これを作ったことによって下げてても一発で決められるのでやっと平等になったと思いました。
が、対戦を進めていくと違いました。
『1つだけ上げればボンバーもバンボーも食らわないじゃん』みんな気づき始め、1ずつ上げるようになっていきます。
ここで生まれたのが『ロケットランチャー』。これは、今は亡きオオムカイ君の家へ遊びに行ったときに生まれました。命名もオオムカイ君です。
これで、完璧に平等になり、戦いはますますヒートアップして楽しんでいました。

一発技の時期

当時本格的にこのゲームをやっていたのは私とM氏とオオムカイ君だけでした。
が、何故かクラスメイトの何人かも技を覚えだし、大人数でのバトルをすることもしばしばありました。
しかし、一発技が『ボンバー』『バンボー』『ロケットランチャー』だけで、物足りないと思ったのか、この頃から一発技が増えだします。
まず、『ダイナマイト』が学校の畑でM氏と会話をしているときに考案されました。命名は確かM氏。
この後間もなく『アントウォーリア』が誕生。命名はオオムカイ君。
一発技が増え、戦略性が生まれ始めたこの頃、ほぼ同じ時期に『ガード』が誕生しました。
これは、曖昧な記憶ですが、最初は『ビーム』と言う技を私が提案したのですが、没になり、ビームの形だけ残りそれがガードとなりました。
同じ頃、ビンボーが誕生しました。命名は私。

固め技の時期

一発技考案ラッシュの時期が終わると、固め技の時期が来ました。
私とM氏が下駄箱の所で話しているときに『スライム』が誕生しました。命名はM氏。
このすぐ後にボンドが誕生。命名は私。
この二つが誕生したおかげで1発技が決めやすくなり、特に『スライム』は絶大な力を発揮しました。
ガードフウジもこの辺りで誕生したような記憶がありますが、それは覚えていません…。
ここまでくると、最早クラスメイト達はついて来れなくなり、3人のゲームになってしまいました。

革命、オキョウ

私はこのオキョウの誕生こそが最大の革命だと思っています。
これが考案された時の情景を私は鮮明に覚えています。
M氏の家の外で遊んでいた時、新しい技を考えていました。
M氏がその時オキョウを誕生させました。これは本当に良く思いついたと今でも驚いています。
今までになかった「1ターンずつ消えていく」という斬新な発想で戦略性をより深くしました。
そしてすぐ後に私が『オキョウフウジ』なるものを考案しました。
これが後々、マンモウソウフウジなどにも繋がるとは思いもしませんでした。

ブームが去る

ブームとはやはり去るもので、私たちはこのゲームを滅多にやることがなくなりました。
その頃はM氏とマルバツゲームの法則を考えていて、このゲームには目もくれませんでした。
そして時は去り、小学校を卒業。中学へと進学します。
確かこの頃からマイクは一緒にやりだしました。

ブーム再来

中学生になり、中学1年生の終わりで勉強も難しくなってきた頃、何のきっかけか、再びM氏とこのゲームをやりだすことになりました。
確か、この辺りで『ネットウ』と『ナットウ』が誕生した気がするのですが…正確な時間は分かりません。
ちなみに『ネットウ』はM氏命名、『ナットウ』は私が命名しました。
同じ時期にランドマインが誕生しました。命名はM氏。
この頃、オオムカイ君はお亡くなりになりました。
そして、少し時が経ち、脅威の技『マンモウソウ』が誕生することになります。

マンモウソウ誕生

美術の時間、大仏について学んでいるときに、大仏には指と指の間に膜があり、それをマンモウソウと呼ぶと習いました。
私はM氏にその事を伝え、どういう訳か技名にしようと言うことに決定します。
しかし、最初は確か効果は今とは全然違うもので提案されましたが、最終的に今の形に落ち着きました。
これと同じ時期に、やはりマンモウソウフウジも誕生しました。
マンモウソウが誕生して、私たちは中学3年になった頃にマイクという技が誕生しました。命名はM氏。

ホモキがメンバー入り

ここまで来ると一緒にやるのはほぼ2人、たまにマイクを入れて3人と寂しいバトルが続いていました。
一般人に、今までの技全てを覚えろと言うのはまず無理だと分かっていたし、2人や3人でも楽しかったのでこの状態が続きました。
しかし、ここでホモキが私たちの仲間になり、いつの間にか技を全て覚えてしまいました。
賑やかになり、オタナベやHともバトルするようになりました。
オタナベは前から仲が良かったので多少技を知っているような雰囲気だったので覚えるのも簡単だったのではないでしょうか。

久々の新しい技、マレットフィンガー

この技は、本当に最近作られた物で、(08年2月5日現在)命名は誰というのは無いです。
と、言うのは、病気関連のポスターに槌指(マレットフィンガー)という病名が書いてあり、話をしている間に技名にしようと決まりました。
技の内容を考案したのはM氏。体育の時間に効果を教えてもらいました。

現状

今ではM氏の考案した『脳内バージョン』は指を使わず、全て口だけでやるという画期的な方法は今訓練中です。
このゲームは私たちは3,4人でバトルをしていますが、このくらいの人数がベストだと思います。
多すぎると技が決まらないし、少なすぎると戦略性が無い。
4人対戦くらいだと運も必要ですが、やはり戦略が鍵を握ります。



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